ページビューの合計

2010年7月9日金曜日

霊峰富士 弥生人は富士に神を感じた

 日本人の自然崇拝、精霊信仰を象徴する富士山。山自体がご神体として崇められてきた。日本人の心情、日本の風景を代表する山でもある。今は少なくなった街のお風呂屋さんの背景には必ずと言っていいほど富士山の画があったものだ。「日本といえば富士山」と日本人のアイデンティティーを体現する富士山だ。


 東京から新幹線でぶっ飛ばして来ると、新富士駅の手前からこんな(写真のような)富士山の姿が車窓を流れる。工場の煙突に遮られた富士山だ。なんとも現代の富士山を象徴するような光景だ。古来より神聖にして霊山としてあがめられる富士山。富士浅間神社はこの富士山をご神体山としている。しかしてこの光景はなんという... 屹立する煙突は文明社会と神域とを隔てる結界でもなく、「ご神木」でもない。幾重にも張り巡らされたケーブルは、ここが磐座であることを示す注連縄でもない。この風景は原日本人のスピリチュアルな関係性に何かを言いたげである。世界自然遺産としての富士山の登録は、そのゴミ問題などで見送られたことも記憶に新しい。ならば文化遺産としての富士山なら登録されるのだろうか。別に世界遺産にならなくてもいいが、日本人の誇り、心の安らぎの拠り所のままでいて欲しい。工業化による経済成長の恩恵を受けた農耕弥生人の末裔、現代ニッポン人。経済成長も緩やかな時代へ移行し、脱工業化社会などと呼ばれる社会への突入がさけばれて久しい現代ニッポン。雄々しく聳える山の霊力を恐れ、や岩や一木一草に神を感じる弥生スピリットに少し回帰する時期かもしれない。


 父が臨終の床で、「ああ、富士山があんなに奇麗に見える」と小さくため息をつきながら嬉しそうにつぶやいた。夢を見たのだろうか。いや幻覚であったのだろう。生前に富士山のことなど語ったこともない父が意外だった。人はその命が尽きるときに、その一生の中で何か強く印象に残るものを思い出し、走馬灯のように眼前に現れるのだという。父の場合それが富士山であった。きっと父が見た富士山は弥生人が見た原始の富士山だったのだろう。