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2011年6月27日月曜日

京の町家 ー「文化遺産」が創造する新しい価値 ー

 






京都の町家は毎年2%の割合で消滅しているという(財団法人 京都市景観・まちづくりセンター調査)。今や人口140万の近代的な都会になってしまった京都市は次々と商業ビルやマンションが建ち並び、1000年の都の面影も、そこに息づく人々の生活も消滅の危機に瀕している。

先の大戦の空襲による破壊からまぬがれて貴重な文化遺産が救われたというのに、平和な時代になって経済的な繁栄を享受する時代に入って、皮肉にも町が破壊されてゆく。

幸か不幸か,いまや経済の停滞で、少し破壊のスピードが止まったかに見えるが、それでも親から引き継いだこのような不動産や家業を持ちきれなくなっている人は依然として多い。この場合売るに売れず、買い手もいない、家屋は空家のまま荒れるにまかせる,という事になりかねない。

このように町家に住み続ける上での問題点は
1)相続税などの税制の不備。
2)耐震、防火などの観点から現代の建築基準法に適合してない。
3)町家の補修、新築などの技術が継承されていない。
4)材木、部材等のの流通システムが不備。
5)町家に住み続けるライフスタイルが欠如。
等が上げられている(財団法人 京都市景観・まちづくりセンター)

いずれにせよ,このような町家、そこでの生活に経済的な価値が認知されてないことが破壊に繋がっているように思われる。もちろん文化的な価値は認識する人が増えているが、それだけでは「文化遺産」は守れない。何らかの経済合理性、サバイバルモデルが必要だ。

こうした貴重な宝を守れと立ち上がって京町家の保存と活用に取り組みもなされている。大学と提携して学生に研究の場として活用してもらったり、若手のアーティストに安い賃料で貸して、工房やアトリエとして使ってもらったり。もっとも、レストランやカフェやお土産やに改造して、町家の伝統的な佇まいや、そこでの生活を破壊してしまっては何もならない。なんとか町家を町家として住めるように、あるいは伝統的な商売の場として活用できないか? いわば「動態保存」だ。

そうした活動を展開する人々の中に、中にアレックス・カー氏がいる。彼はアメリカ人で京都の町家を何軒も借り上げ、リノベーションして、国内外のツーリストに泊まってもらう「事業」を始めている。この場合、改造は最小限にして、町家の基本的な構造としつらえとアメニティーはそのままに、京都の伝統的な生活を楽しんでもらうよう工夫を凝らしている。同時に現代の生活にも不便を感じない「近代化」を計って都市生活の快適さをも実現している。例えば、紅ガラ格子と障子窓はそのままに、内側にガラスを張り、静穏性の保持と、空調がきくようにしている。なかなかいいアイデアだ。

アレックスの考えの基本は、京町家は日本の宝であるのに何故壊す? その使い方によって新しい価値と文化を生み出す,という事に尽きるように見受ける。日本の文化の普遍性に日本人が気付かず,外国人にその価値を認められて初めて気付く,という事は何もこのことに限った話ではない。ここ京都でも住民や日本人からこうしたアイデアが出て来なかったことに無念さを覚えるが、誰のアイデアでも歓迎である。

もっとも、この事業を運営する「庵」のマネジャーの方に伺うと、いろいろご苦労があるようで、こうした宿泊施設は「ホテル」や「旅館」では無いので、賃貸物件として取り扱われているそうだ。一泊でも賃貸借契約を結ぶ。食事の提供は出来ない、歯ブラシや浴衣は置けない..などの「規制」が存在していると言う。法律が想定する形態ではない、というわけだ。

奈良の今井町のようにそこに住む人々の生活が連綿と続いている場合は別として(もちろんそこにも過疎化や、高齢化の問題が存在していることは看過し得ないが),京都のような都市化したエリアでの伝統的な生活の維持にはなかなか難しいハードルがある。と同時にこのような地の利を生かした利用形態もありそうだ。

古い文化遺産に何らかの新しい価値付けをしなくてはならないだろう。建築家やアーバンプランナーの出番だ。また、そのような建物や町の佇まい,暮らしが有する伝統的価値を再定義し、それを都市の付加価値(tangible value)に変える、あたらしい「事業モデル」を創出することが必要だ。ここは文化的素養とビジョンを持った企業家の出番だ。税金とボランティアで負担する「保存」費用分の捻出で、「静態保存」するだけでは限度がある。かといって、商業主義に身をゆだねる訳にもいかない。知恵の出しどころだ。これこそ、古い価値を新しい価値創造に用いるイノベーションだ。そしてお金が回る仕組みを作り、一過性の「懐古趣味」に留めないビジネスモデルイノベーションだ。それが新しいライフスタイルとして定着して行けば,伝統がさらに次の伝統へと継承されて行くだろう。