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2013年4月24日水曜日

葛井寺に藤を愛でる ー若き遣唐留学生の魂よ永遠なれー

 


藤で有名な葛井寺(藤井寺:ふじいでら)は阿倍野橋から近鉄南大阪線の急行で約20分の藤井寺駅から徒歩5分のところにある。藤井寺駅から古市駅までの沿線(現在の行政区域では藤井寺市、羽曳野市)には、堺市の百舌鳥古墳群に連らなる巨大古墳群、応神天皇陵、仲哀天皇陵、ヤマトタケル陵などの大型古墳があつまる古市古墳群が広がっている。奈良盆地三輪山山麓の三輪王朝に替わる河内王朝縁の土地であると言われる。一方、百済の渡来系氏族が開いた土地であるとも言われており、葛井寺も渡来系氏族葛井氏(ふじいし)の氏寺とも言われている。この寺の南西隣にはやはり渡来系氏族の氏神をまつるとされる辛国神社(からくにじんじゃ)があり、さらに仲哀天皇陵の南には聖徳太子ゆかりの「中の太子」と呼ばれた野中寺(やちゅうじ)が存在する。

この辺りは5世紀の倭の五王が活躍した時代以来の軍事氏族であった物部氏の基盤でもある。物部氏は、6世紀に入って仏教伝来に伴う,崇仏派(蘇我氏、聖徳太子)、廃仏派(物部氏、中臣氏)の争いの中で蘇我氏に取って代わられ、滅びて行ったが、河内に優勢な基盤を有する古代の大豪族であった。その東には太子町「近つ飛鳥」がある。こちらは蘇我氏の縁の地と言われ、蘇我系の大王墓、用明天皇、敏達天皇、推古天皇、さらには孝徳天皇の陵墓が並び、聖徳太子の墓と叡福寺(「上ノ太子」)もあり「王陵の谷」と呼ばれている。


葛井寺は、この季節、藤が一斉に咲き始める。今年の開花は例年よりかなり早く、その報を聞きつけた善男善女(基本的に中高年のオトーさん、オカーさん達)が押し掛け、我が世の春を楽しんでいる。訪問当日はまだ満開には少し早すぎたが、3月の急速な温暖化により,桜を始め、全ての開花が早かった。藤は5月の花であるが、4月の連休前にはもう咲き始めている。藤と言えば春日大社の藤が有名であり、藤原氏のシンボルとも言うべき花であるが、藤井寺の藤棚も素晴らしい。高貴な佇まいを備えている。

ここ藤井寺には近年になって一人のヒーローが現れた。2004年に中国の西安市、すなわち唐代の都長安跡で、「井真成」なる日本からの遣唐使の一員(留学生)の墓誌が発見されて話題になった。墓誌には734年に若くして(36才)遠く異国の地で亡くなった事が記されている。当時長安に在留していた各国の留学生の数はあまたあれど、その死にあたり墓誌を贈られた者は少ない。またその才能を悼んで時の玄宗皇帝から「尚衣奉御」という官位まで遺贈された事が記されている。この「井真成」(いのまなり。せいしんせい等の読み方もいろいろな説がある)とは、日本名は、「井上」であるとか「葛井」であるとか論争があるが、どうもここ河内の藤井寺辺りの出身者であるようだ。地元では思わぬ「郷土の英雄」の発見に沸き、今でも街角のあちこちに「井真成君」の幟旗が立ち並んでいる。キャラクターまであって盛り上がっているわけだが...

遣唐使は正使1名、副使1〜2名であり、100名ほどの随行員(留学僧、留学生など)が含まれているが、日本側の記録に随員の名前等は必ずしも残っていない。20年に一度くらいの頻度での遣使で、しかも、当時の航海能力では全ての船が無事に彼の地に到達したり、あるいは帰国出来た事は稀であった。したがって残る記録も少なく遣唐使の実情についてはいまだに不明な点が多い。

井真成は、おそらく他界した年齢から推測すると、717年の遣唐使留学生の一人であったのだろう。そうだとすると渡唐当時は19才ということになる。阿倍仲麻呂や吉備真備と同時期の派遣と見られる。阿倍仲麻呂のように貴族の出身で唐において重用され高い官職に就き、現地で没した人物と異なり、また、吉備真備のように留学生として渡唐し無事帰国した後に、朝廷に重用されて右大臣にまで出世した人物とも異なり、この墓誌が発見されるまで、誰もその存在すら知らない無名の人物であった。日本国家建設の黎明期における海外留学生には、幕末明治期を含め、歴史に名を残す事も無く埋もれてしまった幾多の若者がいたに違いない。そういう歴史の表舞台には出て来ない「若者の夢」を、この西安の井真成の墓碑銘の発見で垣間みることが出来たわけだ。

しかし、望郷の思いは阿倍仲麻呂にも劣らなかったであろう、その心に秘めた大志も決して劣らなかっただろう。あるいは帰国していれば吉備真備のように出世して歴史に名を残していたかもしれない。中国の人々に惜しまれ墓誌まで作ってもらった若き留学生の道半ばでの異国での死に思いを馳せる。墓誌には辞世として「遺体はこの地に残れども、わが魂ははるか故郷に帰る事を望む」と記されている。その心情を察すると涙を禁じ得ない。
今を盛りに咲き誇る藤の花よ、願わくばこの若者の魂を慰めたまえ。




(葛井寺の藤)
































































(撮影機材:Leica M240+Summilux 50mm f/1.4 ASPH., Fujifilm X-Pro1+Apo Summicron 75mm f/2 ASPH.+Tri-Elmar 16,18, 21mm f/4 ASPH.)